賃貸住宅の登記と賃借権の対抗力―「公信力」と「対抗力」を整理する―

2025年度賃貸不動産経営管理士試験の問40は、賃貸住宅に関係する登記制度の基本理解を問う問題でした。本問の正答率は70.3%で、比較的正答率の高い問題でした。
もっとも、選択率の内訳を見ると特徴的な傾向があります。誤った記述の選択肢(正答)である2を選んだ受験者が70.3%と多数を占めた一方で、選択肢3と4を誤った記述として選んだ受験者もそれぞれ13.9%存在しました。つまり、登記の「推定力」や相続不動産の「保存登記」について理解が曖昧な受験者も一定数いたことが分かります。
この問題が扱っているテーマは、不動産法の基本原理である
- 賃借権の対抗力
- 登記の公信力の有無
- 登記の推定力
- 相続不動産の登記
という四つの制度です。
これらは不動産取引の根幹を支えるルールであり、賃貸住宅管理の実務でも、オーナー変更や相続の場面で頻繁に関係します。本稿では、本問を素材として、賃貸住宅と登記制度の関係を整理します。
賃借人は登記をしていなくても新しい所有者に対抗できるのか
まず重要なのは、建物賃借権の対抗力です。通常、不動産に関する権利は登記をしなければ第三者に対抗することができません(民法177条)。しかし建物賃貸借については例外が設けられており、建物の引渡しを受けていれば、賃借権の登記がなくても第三者に対抗することができます(借地借家法31条1項)。
例えば、賃貸住宅の所有者が建物を第三者に売却した場合でも、すでに建物の引渡しを受けて居住している賃借人は、新しい所有者に対して賃借権を主張することができます。新所有者は、既存の賃貸借契約を前提として建物を取得することになります。この制度は、賃借人の居住の安定を確保することを目的としています。
もし賃借権の登記がなければ対抗できないとすると、賃借人は所有者変更のたびに退去を迫られる可能性があります。そのため、建物賃貸借については「建物の引渡し」を対抗要件とする特別な制度が設けられているのです。
なぜ日本の不動産登記には公信力がないのか
公信力とは、登記簿の内容を信頼して取引した第三者を保護する制度をいいます。もし公信力が認められていれば、登記簿上の所有者が実際には無権利者であっても、善意の第三者は所有権を取得することになります。
しかし、日本の不動産登記制度には公信力は認められていません。登記はあくまで第三者に対抗するための要件であり、権利の存在そのものを保証するものではないのです。この制度設計の背景には、登記の内容が必ずしも常に真実の権利関係を反映しているとは限らないという事情があります。もし公信力を認めてしまうと、真の権利者が不測の不利益を受ける可能性があります。そのため、日本の制度では真実の権利関係を優先する構造が採用されています。
それでも登記にはどのような意味があるのか
もっとも、登記が全く意味を持たないわけではありません。不動産登記法6条は、登記された権利は真実の権利であると推定されると定めています。これを「登記の推定力」といいます。つまり、登記簿に所有者として記載されている者は、原則として所有者であると扱われます。ただしこれはあくまで推定であり、反対の証拠があれば覆される可能性があります。
ここで重要なのは、日本の登記制度が「公信力はないが推定力はある」という構造を持っている点です。登記簿の内容は原則として正しいものと扱われますが、それを絶対的に信頼して取引した者を保護する制度ではありません。この違いを理解していないと、本問のような問題で誤答しやすくなります。
登記に公信力がないとどのような実務トラブルが起きるのか
登記に公信力がないことは、実務上のリスクにもつながります。その典型例が、近年社会問題となった「地面師事件」です。
地面師とは、他人の土地や建物について、所有者になりすまして売却取引を行う詐欺グループを指します。登記簿上の名義人であるかのように装い、不動産取引を成立させて金銭をだまし取るという手口です。日本の登記制度では公信力が認められていないため、仮に買主が善意であっても、真の所有者が存在する場合には所有権を取得することはできません。結果として、買主は多額の損失を被る可能性があります。
このようなリスクがあるため、不動産取引では登記簿の確認だけでなく、本人確認や権利関係の調査が極めて重要になります。司法書士による厳格な本人確認が行われるのも、この制度構造によるものです。
相続不動産が未登記の場合はどうなるのか
本問では、相続不動産の登記についても問われています。不動産登記法74条は、未登記不動産について所有権保存登記を申請することができる者を定めています。相続により不動産を取得した場合、相続人は被相続人の一般承継人として所有権保存登記を申請することができます。
例えば、被相続人が建物を新築したものの保存登記をしていないまま死亡した場合、相続人がその建物について保存登記をすることが可能です。この場合、必ずしも遺産分割が完了している必要はなく、法定相続分による共有名義で保存登記を行うこともできます。
さらに重要なのは、2024年4月1日から相続登記の申請が義務化された点です。相続により不動産を取得した相続人は、その取得を知った日から3年以内に相続登記を申請しなければならないとされています(不動産登記法76条の2)。正当な理由なく申請を怠った場合には、10万円以下の過料が科される可能性があります。
この制度は、所有者不明土地・空き家問題の解消を目的として導入されたものです。賃貸住宅の管理実務でも、オーナー死亡後に登記名義が長期間変更されないケースは少なくありません。管理会社としては、オーナー死亡を把握した段階で相続人の確認と登記状況をチェックし、必要に応じて専門家への相談を促すことが重要になります。
実際の問題にチャレンジ
【問題】 |
1 賃貸住宅の引渡しを受けて居住している賃借人は、賃借権の登記をしていなくても、当該賃貸住宅を購入した者に対し、自らの賃借権の存在を主張することができる。
2 賃貸住宅の所有権者として登記されていた者が、実際はその所有権を有していなかった場合でも、登記を信頼してその者から当該賃貸住宅を購入した者は、その所有権を有効に取得する。
3 賃貸住宅の所有権者として登記されている者が、実際はその所有権を有していなかった場合でも、その者が所有権者であるものと推定される。
4 相続財産である賃貸住宅の所有権が未登記であった場合には、相続人が、その所有権の保存登記をすることができる。
正解:2
1〇 建物の引渡しがあれば賃借権は第三者に対抗できます(借地借家法31条)。
2× 不動産登記には公信力がありません(民法177条)。
3〇 登記された権利は真実と推定されます(不動産登記法6条)。
4〇 相続人は未登記建物の保存登記を申請できます(不動産登記法74条)。









