高齢単身時代の賃貸経営を支える実務設計 ―代理納付と残置物条項を「運用できる知識」へ―

単身高齢者の増加は、もはや一時的な社会現象ではありません。一方で賃貸現場では、「家賃滞納」「万一の際の対応」「残置物の処理」といった不安から、受け入れに慎重な賃貸人も少なくありません。
2025年度の賃貸不動産経営管理士試験の問45では、こうした現場の不安を制度と契約でどう解消するかを正面から問う問題でした。本稿では、試験問題を起点に、住宅扶助の代理納付制度や残置物処理に関するモデル契約条項を、管理実務で「使える形」に落とし込む視点から解説します。
単身高齢者の居住の安定確保を図る
選択肢1について解説します。まずは実際の問題文を見てみましょう。
「単身高齢者の居住の安定確保を図るため、住宅扶助費等の代理納付制度や残置物の取扱いに係る契約上の取扱いなどを説明し、賃貸人が家賃滞納等に対して感じる不安を払拭して、円滑な賃貸借につなげることが賃貸不動産経営管理士には期待される」 |
答えは、「適切」でこれが正解肢となっていました。
1)出題者の意図
この選択肢は、法令暗記というより政策課題(高齢単身の受け入れ促進)に対して、管理実務が提供できる「不安低減ツール」を具体的に言語化できるかを問うています。
賃貸人側の典型的不安は大きく2つです。
- 滞納リスク(収入断=経営不安)
- 死亡・孤独死時の事後対応(契約終了、残置物、相続人不明、原状回復・明け渡しの遅延)
そこで、①滞納面は 生活保護の住宅扶助の代理納付(家賃を福祉事務所等から家主へ直接支払う)、②死亡後対応は 「残置物の処理等に関するモデル契約条項」などによる契約設計、という“実務で効く二枚看板”を挙げられるかがポイントです。
国土交通省は、要配慮者受け入れの現場課題として、残置物対応や家賃保証等を含む実務ツールを整理して公表しています。
2)住宅扶助等の「代理納付」の制度
生活保護受給者の住宅扶助は原則として本人給付ですが、一定の場合に福祉事務所が家主等へ直接支払う(代理納付)運用が行われます。その目的は、被保護者の居住の安定と、家賃の確実な支払いによる賃貸人側の受け入れ不安の軽減です。この点は、国土交通省の入居促進資料でも「滞納不安の低減策」として整理されています。
もちろん、代理納付が開始されるまでの手続き・判断が必要で、またすべてのケースで当然に適用されるわけではありません(自治体運用差も出やすい領域です)。
管理業者および賃貸不動産経営管理士は、賃貸人に対して「代理納付を使うと何が安定し、どの部分はなお残るリスクか」を切り分けて提示することが重要です。たとえば、家賃部分は安定しやすいが、原状回復・明け渡し遅延リスクは別途(残置物条項、保証、見守り等)で手当てが必要、など。
3)「残置物の取扱いに係る契約上の取扱い」の制度
単身高齢者の死亡後、相続人不明・連絡不能等があると、賃貸人側は
- 賃貸借の終了処理(解除・明け渡し)
- 室内残置物の処理(勝手に処分できない)
これにより、次の入居者への貸し出しがストップしてしまいます。
このリスクを減らすために、法務省・国土交通省が「残置物の処理等に関するモデル契約条項」を公表し、契約設計(受任者の定め等)で事後対応を円滑化する道筋を示しました。
このモデル条項では、推定相続人が困難な場合などに、居住支援法人・福祉法人等に加え、賃貸人から管理受託している管理業者が受任者となることも想定されています。したがって、残置物の取扱いに係る契約上の取扱いなどを説明し、賃貸人が家賃滞納等に対して感じる不安を払拭して、円滑な賃貸借につなげることも、賃貸不動産経営管理士には期待されているといえます。
死亡後の残置物の処理を考える
選択肢2について解説します。まずは実際の問題文を見てみましょう。
「『残置物の処理等に関するモデル契約条項』(法務省・国土交通省令和3年6月公表)によれば、解除関係事務受任者や残置物関係事務受任者には推定相続人、居住支援法人や社会福祉法人などを想定しており、賃貸人と管理委託契約を結んでいる管理業者は受任者になることはできない」 |
答えは、「不適切」でした。
1)出題者の意図
この選択肢は、「モデル条項が“誰を受任者に想定しているか”」を正確に読めているかを問うています。特に、単身高齢者の賃貸で問題になりやすいのは、死亡後に相続人と連絡が取れず 契約終了・明け渡し・残置物処理が止まる点です。そこで国土交通省・法務省が公表したモデル条項は、残置物リスクを減らして入居を進める目的で設計されています。
本肢は「管理業者は受任者になれない」と断じていますが、モデル条項はそこまで排除していません。むしろ「望ましい順序と利益相反リスクへの注意」を示しています。
2)制度の要約(モデル契約条項の骨格)
モデル条項は、単身高齢者の死亡時に備えて、賃借人(生前)に(準)委任契約等を組み合わせておき、死亡後の手続きを「動かせる状態」にしておく仕組みです。
その構成は大きく3つです。
- 解除関係事務委任契約:死亡時に、合意解除の代理や解除通知の受領を行えるよう代理権を付与
- 残置物関係事務委託契約(準委任):契約終了後の搬出・廃棄等を進める
- 賃貸借契約側の関連条項:上記(準委任)と整合させる
モデル条項は、解除関係事務の受任者について、
- 原則:まずは推定相続人が望ましい(相続人の利害に影響するため)
- 推定相続人が難しい場合:居住支援法人・居住支援を行う社会福祉法人などの第三者が望ましい
- 賃貸人本人を受任者にするのは避けるべき(利益相反で無効リスク)
- 賃貸人から委託を受けて管理する管理業者が受任者になることは「直ちに無効とはいえない」が、賃借人(相続人)の利益のため誠実に対応する必要がある
という記載内容となっています。したがって、選択肢2の「管理業者は受任者になれない」は、モデル条項の文言整理と明らかに異なります。
空き家の有効活用も管理士の役割
選択肢3について解説します。まずは実際の問題文を見てみましょう。
「空き家の賃貸住宅化は空き家問題の解決策のひとつであるが、空き家の賃貸住宅化には所有者の意欲や資力、空き家の老朽化や劣化、戸建の賃貸需要の少なさなどの課題があるため、空き家所有者が賃貸不動産経営に参画できる環境の整備に賃貸不動産経営管理士が関与することはできない」 |
答えは、「不適切」でした。
1)出題者の意図
この選択肢は、空き家問題に対する国家的政策課題と、そこにおける賃貸住宅管理業者および賃貸不動産経営管理士の関与の可能性を正しく理解しているかを問うものです。
2)制度の要約(空き家政策と賃貸住宅化の位置づけ)
日本では、総住宅数に占める空き家率は年々上昇しており、管理不全による防災・防犯・景観悪化、地域の住宅市場の縮小、高齢者・子育て世帯の住宅確保の困難、といった複合的な問題を引き起こしています。
このため、国は「除却(壊す)」だけでなく、「活用、とりわけ賃貸住宅としての活用」を重要な政策手段と位置づけています。
具体的には、空き家問題は、個人の財産管理の問題ではなく地域・社会全体の課題であり、所有者単独では、改修・管理・賃貸経営の判断が困難なケースが多く、「賃貸住宅化に向けた助言」「改修・管理・募集・入居者対応を含む一体的支援」を担う専門家の関与が不可欠となります。
そこで、賃貸住宅管理業者や賃貸不動産経営管理士は、「空き家を賃貸経営に転換する伴走者」としての役割を期待されています。
なお、実務上、賃貸不動産経営管理士が果たす役割は多岐にわたります。
所有者への初期コンサルティングとして、
- 売却・除却・賃貸の選択肢比較
- 賃貸化した場合の収支シミュレーション
- 修繕範囲の切り分け(必須修繕/任意改修)
改修・管理・募集の一体設計として、
- フルリノベーションではなく「賃貸可能水準」への段階的改修
- 一戸建て賃貸・高齢者向け・セーフティネット住宅等の用途提案
- 管理負担を軽減する管理委託スキームの構築
政策制度との接続として、
- 住宅セーフティネット制度への登録
- 居住支援法人との連携
- 自治体補助金・改修支援制度の案内
これらはすべて、「所有者が単独では難しいが、専門家が入れば実現可能」な領域といえます。
事故物件と管理業者の関わり
選択肢4について解説します。まずは実際の問題文を見てみましょう。
「『宅地建物取引業者による人の死の告知に関するガイドライン』(国土交通省不動産・建設経済局令和3年10月公表)によれば、賃貸住宅管理業者は、賃貸住宅における人の死について入居者に告知する必要がある」 |
答えは、「不適切」でした。
1)出題者の意図
この選択肢は、制度の対象・適用範囲を正しく理解しているかを問うものです。「人の死の告知ガイドライン」は、国土交通省が公表した指針ですが、賃貸住宅管理業法に基づく標準的な義務として管理業者に告知義務を課すものではありません。宅地建物取引業(仲介・斡旋)に関する解釈・運用のガイドラインであり、賃貸管理会社が管理業務の中で人の死を告知しなければならないという制度上の義務を定めたものではありません。
出題者はここで、制度の「対象」と「性質」を押さえているかを確認しようとしています。
2)制度の要約(ガイドラインの位置づけと意図)
「宅地建物取引業者による人の死の告知に関するガイドライン」(国交省令和3年10月公表)は、宅地建物取引業者が、取引(主に売買・賃貸の仲介・斡旋)を行う際に、『人の死』に関してどのように対応すべきかを整理した指針です。
ガイドラインは、告知すべき情報とすべきでない情報、説明方法、文言例などを示し、
宅地建物取引業者の誤解・トラブル発生を未然に防ぐための解釈基準として設けられています。
その制度趣旨は次のとおりです。不動産取引(仲介等)において死因につき告知すべきか否かはしばしば問題となり、告知義務を無制限にすると差別的取扱いとなるおそれがありますが、告知しなければ契約不適合責任等の争いになるというジレンマがありました。そこで、取引に関して適切な説明・対応をする基準を整理することが必要とされました。
3)補足:ガイドラインの概要
国土交通省が2021年10月に公表した「宅地建物取引業者による人の死の告知に関するガイドライン」は、不動産取引における心理的瑕疵(かし)の取扱いについて、実務上の混乱を整理する目的で策定されたものです。もっとも、このガイドラインの内容を理解するにあたって最初に押さえるべき点は、告知義務の考え方が、売買と賃貸とでは同一ではないという点にあります。
その背景には、売買と賃貸という取引類型の本質的な違いがあります。売買は、不動産を取得した後、長期間にわたり利用・保有することが予定され、原則として契約関係を容易に解消することができません。これに対し、賃貸は、利用期間が限定的であり、契約を終了して退去するという選択肢が常に残されています。この「不可逆性の高さ」と「可逆性の高さ」の違いが、人の死に関する情報の重要性の評価を分ける基準となっています。
売買の場合、対象不動産で人が亡くなったという事実は、物件の資産価値や将来的な処分可能性にまで影響を及ぼし得る事情と評価されます。そのためガイドラインでは、自殺や他殺、事故死といったケースはもちろん、自然死であっても特殊清掃が行われた場合など、買主の合理的な意思決定に影響を与えると考えられる事情については、原則として告知の対象になると整理されています。
また、時間の経過によって一律に告知義務が消滅するとする考え方は取られておらず、社会的に広く知られた事件や、物件と強く結び付いた記憶が残る事案については、相当期間が経過していても告知が必要となる余地があるとされています。売買においては、告知の有無が契約不適合責任や不法行為責任、さらには宅地建物取引業法上の説明義務違反に直結しやすいため、実務では慎重な対応が求められます。
これに対して、賃貸の場合の整理は、明らかに異なるアプローチが取られています。ガイドラインは、賃貸住宅における人の死について、すべてを無制限に告知対象とすると、入居者の確保が著しく困難となり、住宅市場全体の流動性が損なわれるという政策的な問題意識を前提としています。
そのため、自然死や日常生活上の不慮の事故死で、特殊清掃が行われていないような場合には、原則として告知は不要とされています。他方で、自殺や他殺、事故死、あるいは自然死であっても特殊清掃が行われた場合には、入居者の心理的影響が大きいと考えられることから、告知が必要とされますが、その期間は「おおむね3年間」という限定が付されています。
この「3年」という期間は、法律上の明確な時効や除斥期間ではなく、あくまで実務上の目安として示されたものです。したがって、社会的に大きく報道され、物件のイメージと強く結び付いている事案や、入居希望者から具体的に質問があった場合などには、3年を経過していても告知が必要となることがあります。ガイドラインは、賃貸における告知義務を形式的に割り切るのではなく、「借主の合理的判断に影響を与えるか」という観点から柔軟に判断することを求めています。
ここで注意すべきなのは、このガイドラインがあくまで宅地建物取引業者を対象として、その調査義務・説明義務の解釈を示したものであるという点です。賃貸住宅管理業者や賃貸不動産経営管理士に対して、直接的に告知義務を課す規範ではありません。したがって、「ガイドラインによれば、賃貸住宅管理業者は人の死について入居者に告知する必要がある」と一般化することはできません。この点を混同すると、試験問題においても、実務においても誤った結論に至ることになります。
賃貸不動産経営管理士に求められている役割は、ガイドラインの文言を機械的に当てはめることではなく、取引が売買なのか賃貸なのか、説明義務の主体が誰なのか、どの法令・ガイドラインが根拠となるのかを整理したうえで、賃貸人や入居者に対して適切な説明と助言を行うことにあります。人の死というセンシティブな情報をどう扱うかは、法的問題であると同時に、住宅政策や市場実務とも深く関わるテーマであり、その全体像を理解しているかどうかが、専門職としての力量を分けるといえるでしょう。
このように、告知義務は売買と賃貸で同一ではなく、その違いを踏まえて初めて、ガイドラインの位置づけと実務上の意味が正確に理解できるのです。
過去問にチャレンジ
【問45】賃貸不動産に係る新たな政策課題の解決や、新たな活用方策の推進において、賃貸住宅管理業者及び賃貸不動産経営管理士の役割に関する次の記述のうち、適切なものはどれか。(2025年度問45) |
1 単身高齢者の居住の安定確保を図るため、住宅扶助費等の代理納付制度や残置物の取扱いに係る契約上の取扱いなどを説明し、賃貸人が家賃滞納等に対して感じる不安を払拭して、円滑な賃貸借につなげることが賃貸不動産経営管理士には期待される。
2 「残置物の処理等に関するモデル契約条項」(法務省・国土交通省令和3年6月公表)によれば、解除関係事務受任者や残置物関係事務受任者には推定相続人、居住支援法人や社会福祉法人などを想定しており、賃貸人と管理委託契約を結んでいる管理業者は受任者になることはできない。
3 空き家の賃貸住宅化は空き家問題の解決策のひとつであるが、空き家の賃貸住宅化には所有者の意欲や資力、空き家の老朽化や劣化、戸建の賃貸需要の少なさなどの課題があるため、空き家所有者が賃貸不動産経営に参画できる環境の整備に賃貸不動産経営管理士が関与することはできない。
4 「宅地建物取引業者による人の死の告知に関するガイドライン」(国土交通省不動産・建設経済局令和3年10月公表)によれば、賃貸住宅管理業者は、賃貸住宅における人の死について入居者に告知する必要がある。
正解:1
1適切 賃貸不動産経営管理士には、賃貸住宅経営について不安を持つ賃貸人に対し、住宅扶助費等の代理納付制度や残置物の取扱いに係る契約上の取扱い等を助言し、単身高齢者に対する積極的な賃貸住宅の提供を図ることによって、賃貸人の賃貸住宅経営上の不安の払拭に資するとともに、社会的な要請でもある単身高齢者の賃貸住宅への入居の促進につなげる役割が期待されています。
2不適切 解除事務受任者や残置物事務受任者には、推定相続人を受任者とすることが困難な場合などには、居住支援法人や居住支援を行う社会福祉法人のほか、賃貸人から管理受託している管理業者もなれるものとしています(「残置物の処理等に関するモデル契約条項」(法務省・国土交通省令和3年6月公表)。
3不適切 賃貸不動産経営管理士には、空き家所有者に対し、賃貸物件化による空き家の有効活用の助言・提言等を通じて、空き家所有者が安心して賃貸不動産経営に参画できる環境の整備等に積極的に関与し、空き家の賃貸化の促進等による空き家問題の解決に一定の役割を果たすことが期待されています。
4不適切 ガイドラインは、宅建業者が宅建業法上負うべき義務の解釈についての一般的な基準であり、賃貸住宅管理業者に対しての人の死について入居者に告知するための基準とはされていません(「宅地建物取引業者による人の死の告知に関するガイドライン」)。









